取材でお会いする人は、一度きりの出会いになる人が多い。初めて会う人とは名刺交換をするので、受け取った名刺が増える。

コロナ禍でオンラインの取材が増えたとはいっても取材の大半は対面だし、オンライン名刺を使っている人とも会っていない。

昔は、写真アルバムのような厚みの表紙で、中のページにポケットがいくつも付いた綴じファイルのような「名刺ホルダー」を使っていた。しかし、名刺を五十音順の社名に並べ換えホルダーに継ぎ足していく作業は時間がかかるし、大抵はページが足りなくなって、そこで中断してしまう。

いつしかホルダーに入れるのをやめて、プラスチックのケースに立てて置くようになった。そのケースも2つ3つでは追いつかず、やがて引き出しくらいの大きさの箱に詰めるようになった。しかも毎日たくさんの人に会うものだから、分類をしないまま箱に並べていた。こうなると誰かの連絡先を知りたくなったとき、名刺探しが大変だ。会ったのはいつ頃か、同じ頃に出会った人達は誰か、いろいろと記憶を辿りながら名刺の箱から数十枚ずつまとめて引き上げては精査する。あまりにも効率が悪い。

 

数年前に名刺管理アプリをインストールした。写真に撮るだけで名刺の情報を読み込んでくれるのはとてもありがたかったが、当時は名刺を1枚ずつ撮影しなければならなかった。それまでに交換した名刺の数は1000枚を軽く超えていた。撮影するだけでも大変な労力がいる。気持ちが萎えて、名刺の山はそのままに数年が過ぎた。

長らく放置していた名刺アプリが一度に4枚の名刺を読み込めるようになったと知った昨年、ついに重い腰を上げて名刺を取り込んだ。とはいえ、業界人や得意先の人の名刺は読み込んでも、取材でたった一度きりの出会いになるとも思われる人の情報は読み込まなかった。

その後、交換した名刺がある程度増えてきたらアプリに取り込むようにしていたが、「アプリに残す人」「残さない人」を判別するのもストレスに感じるようになってきた。一度きりでも構わない。アプリなら名刺がかさばることもないので、とにかく無条件に全ての人の名刺情報を取り込むことにした。まさかその行動が、私を救ってくれるとは思いもよらなかった。

 

コロナ感染者が急増した広島県にまん延防止等重点措置の適用が決まった。多くの飲食店が1月31日までの休業を選択した。

原稿確認中の飲食店が一軒あった。返答期限を過ぎても連絡がなく、電話がつながらない。店のホームページを見ると、「2月1日再開予定」と記載され、すでに休業に入っていた。まずい……。

店長の連絡先は、店の固定電話とメールになっているが、メールも返事がないままだった。万事休すかと思ったが、取材の時に聞いた「系列店がある」という言葉を思い出した。偶然にも半年前にその系列店を取材していた。だがその時、名刺交換をしただろうか。その店の取材メモにはメールアドレスと店の電話番号が記載してある。電話はつながらない。系列店も休業していた。

祈るような気持ちでアプリを起動して、系列店の担当者の名前を探す。だが名刺が見つかったところで、携帯番号が記載されていなければ打つ手がない。

 

名刺情報はアプリにあった。幸運にも携帯番号も記載されていた。

その担当者を経由して店長に連絡し、原稿確認は無事終了した。

たった一度の出会いを軽んじてはいけないと思った。「袖振り合うも多生の縁」とは少し意味が違うかもしれないが、あの時の出会いと、名刺情報を残していたこと、二つの偶然が窮地を救ってくれた。

人との出会い、それがたとえ一度きりでも疎かにしてはいけない。いつかその縁に救われるかもしれないのだから。

 

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By ほりゆき

ぶるぼん企画室代表の堀行丈治(ほりゆきたけはる)です。取材、執筆、撮影、編集を生業としています。