盆に帰省して食卓を囲んでいると、傍のテレビが山岳遭難のニュースを告げた。行方不明になっていた会社員が二日ぶりに見つかったという。上機嫌で晩酌していた弟は手を止め、画面に向かって言い捨てた。 
「山なんて登るやつの気が知れんよ。どうしてこんな危ないことをわざわざするんじゃろうか」
「ほんまよねえ。いっぱい人が死んどるのにねえ」
 母が相槌を打つと、弟は我が意を得たりと饒舌になった。
「捜索するのに何日も警察やらヘリコプターやら使って、世の中に迷惑がかかるばっかりじゃ。この頃は熊も出るし、命がなんぼあっても足りんで」
 二人の会話を聞きながら、私は涼しい顔で頷くことしかできなかった。山登りが好きだとは、とても言い出せなかった。

 友人に誘われて始めた登山は、運動不足の私には打って付けの趣味になった。近所の山を歩けば半日ほどで山頂までを往復できる。歩数は一万歩、高低差は往復で五百メートルを超え、健康維持にちょうどいい。車で一時間ほど走れば瀬戸内海を見下ろす眺望、二時間もあれば中国山地の雄大な景色を楽しめる山々への登山口に着く。思い立ったその日でもすぐに行けるので、仕事も、実家の畑仕事もないときは山に登ることが多くなった。
 山行を重ねると、次第に用具に凝るようになる。近所に登山用品専門店がなくても、欲しい物はインターネットで買い物できた。化学繊維が進化したいま、肌着から雨具まで高機能な製品があふれている。持ち物も同様に、軽さと便利さとおしゃれ度と値段を天秤にかけながら、悩みに悩んで買う。着る物や道具が変わると快適さに合わせて、気分も高まってゆく。靴にザック、雨具、果てはテントや調理用バーナーまで揃えてしまった。部屋のラック一段は、登山ツール専用の置き場所になった。

 母は極度の心配性のため、登山が趣味だとはとても言えずにいる。山に行ってくると告げれば、道迷い、遭難、滑落……と、いろいろ想像を働かせ、最悪の事態を考えてしまうだろう。ゴルフや釣りが好きな弟なら登山にも理解があると思っていたら、見事に否定されてしまった。スマートフォンの登山者用アプリケーションには、登山開始時と下山時に家族に連絡する機能が付いているが、当面は使える見込みがない。
 このまま母にも弟にも内緒にしておくべきなのか、頃合いを見て告白すべきなのか。何も知らせずにいて万一のことがあったら、余計に二人は驚くのだろうか。などと迷いながら、私は来月の縦走計画を立てている。

中国新聞文化センターの講座「いい文章を書く 文の力で心をみがく」に提出した課題随筆(テーマ「山登りの楽しみ」)です(2024年4月執筆)

 

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By ほりゆき

ぶるぼん企画室代表の堀行丈治(ほりゆきたけはる)です。取材、執筆、撮影、編集を生業としています。